「自然と生きる力を、取り戻す」プラットフォームビジネスNOYAMA

2024年7月26日

コラム

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今回は、ビジネス寄りのお話です。


三菱自動車工業株式会社と株式会社博報堂が、「自然と生きる力を、取り戻す」をコンセプトに新しい体験やサービスを提供する、アウトドアに特化したプラットフォームビジネスを行う新会社「株式会社NOYAMA」を2024年7月18日に立ち上げました。

これだけ聞くと、何をするのか良く分からないので、プレスリリースから事業内容を抜粋してみました。


■設立の背景

コロナ禍以降、アウトドア市場は拡大を続けており、多くの生活者がキャンプなど豊かな自然体験を楽しんでいます。その一方で昨今は地震や風水害などの自然災害も頻発し、またAIの急速な発展によって社会や⽣活環境が⼤きく変化する中、改めて自然との接し方やリアルの大切さを見つめ直すことに注目が集まっています。このような環境下、「生活者発想」と「クリエイティビティ」を活かした顧客接点の開発・マーケティング知見を持ち合わせている博報堂と、お客様の冒険心を呼び覚ます心豊かなモビリティライフを提供することに取り組んでいる三菱自動車、両社の強みをかけあわせて、生活者から求められる新たなアウトドア体験・新たなサービスを提供していきたいと考え、アウトドアに特化したプラットフォームビジネスを提供する「株式会社NOYAMA」を設立しました。


■社名の由来

「株式会社NOYAMA」の社名の由来は、原っぱや野山を駆け回った子どものころの原風景を想起し、そのような原風景への回帰や自然の中での冒険を求める人々へ、豊かなアウトドアの時間や新たなアウトドアの体験価値を提供したい。その様な思いから「NOYAMA」という社名にしており、それをプラットフォームサービス名称にもしています。


■事業概要

初年度は、自然の中にあるものだけを使ってサバイバル力をみんなで楽しく身に着けるためのコンテンツ・コミュニティサービス「冒険の学校」、自然の中で家電を使う体験を通じアウトドアでもいざという時でもスマートに楽しく生きる術を体験する、プラグインハイブリッドEV(PHEV)とアウトドアギア・電化製品の一括レンタルサービス「e-Outdoor」、2つのサービスの提供を開始します。

中期的には、プラットフォームビジネスとして、EC事業、広告配信事業、データコンサルティングなど、幅広い事業展開を目指していきたいと考えています。


<初年度提供サービス概要>

「冒険の学校 -みる、つながる、やってみる-」

ブッシュクラフトや自然探索に興味のある人を主な対象として、自然で生きる技術や知恵をゼロから学び、新たなアウトドアの楽しみ方を共有・共感できるアウトドアコミュニティサービス。メンバーシップに加入すると、自然の中での生活をより楽しむための以下3つのサービスにアクセスすることができます。

➀ノウハウ動画ライブラリー

②オンラインコミュニティ

③リアル体験イベント情報ポータル


「e-Outdoor」

大容量バッテリーに蓄電された電力を電化製品に使用できるプラグインハイブリッドEV『アウトランダー』および『エクリプス クロス』と、便利なアウトドアギア・電化製品を一括で借りられるレンタルサービス。キャンプをこれから始めたい方々はもちろん、いつものキャンプとは違う体験をしたいという方々にとっても、新たなキャンプ体験が手軽にできます。



以上が、プレスリリースの内容です。

災害やAIの発展を「自然との接し方やリアルの大切さを見つめ直す」ことに繋げたり、「原っぱや野山を駆け回った子どものころの原風景を想起し」という昭和的なレッテル貼りがあったりと、色々ツッコミたいところですが、それは一旦置いておいて、肝心なのは中身の話です。

簡単に言ってしまえば、キャンプ関連の動画コンテンツ視聴と専用SNSサービスの「冒険の学校」と、PHEVにアウトドアギアと家電製品を一括でレンタルできるサービスの「e-Outdoor」の二本立てということみたいです。

ちなみに「冒険の学校」は月額980円(税込)の会員サービスですのでタダではありません(苦笑)。

私としては、キャンプブームが落ち着きを見せている昨今、大手企業がナゼこんな中途半端なサービスを開始したのか疑問に感じます。

というのも、キャンプ市場は産業として捉えた場合、決して大きな市場ではないからです。

キャンプ・アウトドアの市場規模は、2022年度で約4500億円(矢野経済研究所調べ)です。映画産業(国内)が約5000億円ですから、エンターテインメントとしては決して小さくはない市場ですが、スポーツ参加市場(スポーツ観戦含む)が1.1兆円(MUFGリサーチ&コンサルティング調べ)ですから、それの半分以下です。

ちなみに、国内モバイル通信サービスのエンドユーザー支出額が6兆7,710億、自動車産業は63兆円です。

また、キャンプ・アウトドアの市場規模が約4500億円といっても、キャンプ道具、アパレル、キャンプ場などの施設利用料、更にはレンタル品の利用料など、細かくセグメント化していくと、それぞれの市場規模は大きくありません。スノーピークですら、ピーク時の2022年で売上307.7億円ですから、大企業クラスで言えば事業部程度の規模です。

なぜ、こんなことを言うかと言うと、プラットフォームビジネスを標榜する場合、対象となる市場規模が非常に重要になるからです。

インターネット小売業のAmazonや、コーヒーショップのスターバックスなどは、それぞれの業態に特化した販売・流通網を構築しており、市場の中で大きなシェアを獲得しています。プラットフォームビジネスとは、商品やサービスの提供者と利用者をつなぐ基盤(プラットフォーム)を提供するビジネスのことです。自社が商品・サービスを提供するのではなく、あくまでプラットフォームという場を提供します。AmazonであればECのプラットフォームを、スターバックスであれば、コーヒーを提供するプラットフォームを提供している訳です。これらのプラットフォーマーは、自社のプラットフォーム上で取引される金額に応じた手数料が利益の源泉となるため、市場規模が重要になってくるのです。市場が大きければ大きい程、取引量が増加し、利益が得られるのです。

また、こうしたプラットフォームビジネスでは、いかにして儲けるかが重要となります。所謂、ビジネスモデルです。

Amazonであれば、巨大倉庫と配送網により在庫コストと流通コストを最小化することで、大量の取引を他社より安く提供するのがビジネスモデルです。

スターバックスは、テイクアウトを主軸に、オペレーションコストを最小限に抑えつつ、商品価値の最大化(コーヒーやカプチーノ、季節のドリンク)を図るのがビジネスモデルとなっています。


ここでNOYAMAに話を戻しましょう。

NOYAMAのサービスは、先に書いた通り、「冒険の学校」と「e-Outdoor」の2本立てです。

キャンプ関連の動画コンテンツ視聴と専用SNSサービスと言うのは、「動画」を「登録会員」に向けて提供するプラットフォームと見えなくもないですが、動画はあくまでNOYAMAから提供されるもののみのようですから、Youtobeなどに比べて量的に不足するのは明らかです。将来的には、Youtuberやテレビ局等と提携してコンテンツを提供するのかも知れませんが、規模的にはYoutobeに劣りますし、サブスクサービスとして考えるとNETFLIXやAmazonPrimeには程遠いでしょう。しかも、月額利用料が980円と決して安くありません。

そもそも、キャンプは長い間行われてきた遊びで、しかも自然を楽しむという目的からも大きく変化・発展しない業界です。火起こしやロープワークなど、基本的なテクニックは私の子供の頃から変わっていません。ですから、キャンプノウハウに関する動画を制作するにしても、Youtubeと差別化できるような新規性のある動画を制作すること自体が困難です。

とどのつまり、YoutubeとX(旧ツイッター)で事足りるサービスに、月額980円を支払う価値を作り出すのはかなり困難だと思います。


さて、もう一方の「e-Outdoor」はどうでしょうか。

こちらは、PHEVにアウトドアギアと家電製品を一括でレンタルできるサービスということですので、レンタカー+キャンプ道具レンタルサービスということになります。この場合は、顧客ターゲットが重要になります。

レンタカーは別にして、キャンプ道具をレンタルする層は、キャンプ初心者の中でもかなりのビギナーということになります。一式全てを借りるというなら、おそらくテントも持っていないような初めてに近いユーザーになるでしょう。

それ以外のユーザーとしては、PHEVと家電を使い倒すキャンプを体験したい人、e-Outdoor自体に興味がある人ということになりますが、こういう人はマーケティング用語で「テッキー」と呼ばれる新しい物好きな人で、極一部に限られます。

あとは、可能性としてあるのは、北海道や九州・沖縄などでキャンプをしたいけど、フェリーで行くには時間がかかりすぎるので、現地で一式レンタルしてキャンプを楽しみたいという人です。北海道や九州・沖縄は、キャンプ地としてとても魅力的ですが、首都圏や京阪神の大都市からアクセスする場合、飛行機でないと時間がかかりすぎるという欠点があります。こうした地域は、私のようなかなりキャンプ沼にハマった人でない限り、手を出しにくいというのが実情でしょう。そういった層に対しては、飛行機で行って現地で一式レンタルというのは新しい提案になる可能性があります。

さて、以上を総合して考えると、やはり大きな事業にするのには絶対的なユーザー数が足りないと思います。初心者の一部と、限られた地域のヘビーユーザーしか対象とならないのでは、ビジネスモデル的にもキャンプ場を経営する以上の難しさを感じます。


プレスリリースでは、「プラットフォームビジネスとして、EC事業、広告配信事業、データコンサルティングなど、幅広い事業展開を目指していきたい」とありますが、これもかなり疑問です。

そもそも、「プラットフォームビジネス」と言う割にはかなりビジネスモデルが貧弱だからです。EC事業、広告配信事業、データコンサルティングは、何れも「冒険の学校」の会員制サービスを基軸に展開するつもりでしょうが、そもそもの会員を集められるかがキモになります。一般的には、この手の会員制サービスは100万人集められるかが、第一の壁になりますが、2022年のキャンプ人口は650万人ですから、6人に1人はこのサービスに登録しなければなりません。既に述べたように、Youtube+Xに劣る有料サービスで100万人は至難でしょう。

更に言えば、EC事業は相当難しいと言えます。Amazonを見ると、コールマンなどの大手メーカーから聞いたことも無い中華メーカーまで、ありとあらゆる物が売られています。更には、ワークマンなどの異業種参入もあり、アパレルも含めて、かなりの飽和状態が見て取れます。こういう市場は、良く言えば成熟した市場、悪く言えばコモディティ化(商品同士の価値に差が無い)した市場で、薄利多売で利益を取り難い市場と言えます。

こんな市場に、新たに参入しても、博報堂や三菱自動車が事業と言えるレベルまで売り上げを上げるのは、おそらく不可能でしょう。



プラットフォームビジネスを標榜しているNOYAMAですが、私の目から見ると、「また、ノリと勢いだけで、キャンプという言葉に騙されたやつがやってきた」というのが正直な感想です(苦笑)。

それにしても、何でこんなヘンテコビジネスの会社を立ち上げてしまったのか不思議で仕方ありません。出資比率を見ると、三菱自動車66.6%、博報堂33.4%となっているので、三菱自動車(以下三菱)の強い意向が反映されてのことだとは思います。ここ数年売り上げが伸びている三菱が、アウトランダーなどの販売が好調なこともあり、アウトドア志向の強いユーザーを獲得したいと考えたのでしょう。三菱は、2021年に底を打ってからは、年々業績が伸びており、2024年3月期には2兆7895億の売上、1909億円の利益をマークしていますから、新しいことをやれと言われた現場が、こんな企画をひねり出したのではと推察します。

問題は、博報堂です。博報堂は2020年に1兆4662億円の売上がありましたが、コロナ禍の影響をモロに受け、翌年は7145億円まで下げています。その後復調気味ではありましたが、2024年は前年割れの9467億円に留まっています。更には、東京五輪の談合事件で罰金2億円の判決を受けるなど、企業経営自体にも問題が見られます。

博報堂はマーケティングの大企業ですから、私より優れたマーケターはいくらでもいるはずなのですが、こんなアンチョコな事業案が通るってことは、よっぽど何かに困ってるのかも知れません。



【参考文献】

https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000872.000008062.html

https://www.yano.co.jp/press-release/show/press_id/3385

https://www.murc.jp/wp-content/uploads/2022/11/news_release_221027_01.pdf

https://www.idc.com/getdoc.jsp?containerId=prJPJ51003323

https://www.nikkei.com/nkd/company/kessan/?scode=7211

https://www.nikkei.com/nkd/company/kessan/?scode=2433



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