先日、友人が話のタネにと1本のナイフを持ってきました。
日本刀の刀工が作ったナイフだそうです。
元々は、短刀に仕上げるつもりだったものが、鍛錬中に折れたか何かで刀にならなかった物をナイフに仕上げたのだとか。
基本的に、ファクトリーナイフにしか興味の無い私ですが、日本刀となると話は違ってきます。
友人の持ち込んだナイフは、平田鍛刀場の手による物で、刀の原料となる玉鋼から自作するという手の込んだ逸品でした。平田鍛刀場を開いた平田祐平さんは、備前長船の銘刀を現代に蘇らせた上田祐定に師事、13年に渡って製鋼と鍛刀の技術を学んだ刀工です。
玉鋼とは、砂鉄を原料に日本古来の方法で製鉄した刀剣用鋼材のことで、不純物が少なく、独特の粘りがあるのが特徴です。玉鋼は、島根県安来市の日立金属安来製作所内にある「日刀保たたら」で作られており、全国300名ほどの刀工に配られています(詳しくはこちら)。
上田祐定氏は、日刀保たたら製の玉鋼では、日本刀の個性を出せないと考え、日々砂鉄の配合を考えながら、独自の鉧(けら)押し法により玉鋼を作っておられる方で、そこまで拘っている刀匠は大野兼正氏など極一部に限られます。平田祐平さんは、師から鉧押し法を学び、玉鋼づくりから作刀まで行う、珍しい刀鍛冶です。
さて、そんな若き刀工が作ったナイフということで、レビューする私もいつもとは違う緊張感があります(笑)。
先ず、刃形は、反りが殆どない直刀に近い形状で、切先も所謂日本刀のような形状ではなく、どちらかと言うと包丁に近い感じに仕上げられています。
刃長は、12.8mmと、丁度5インチクラスのナイフに当たりますから、バトニングから調理まで、最も汎用性の高いサイズです。
刃は緩やかな蛤刃(コンベックスグラインド)に仕上げられており、日本刀のような明確な鎬(しのぎ)はありません。エッジ角は約8度と、ファルクニーベンF1とほぼ同じ角度です。
峰は、三角形に削り出されており、独特の形状をしています。この辺は、好みが分かれるところではありますが、ナイフとしてのオリジナリティを感じます。
刃厚は、圧巻の6mmですから、かなりの強度が期待されます。コンベックスグラインドと相まって、バトニングでもかなりの威力を発揮することは間違いありません。
さて、一般のナイフとの最大の違いは、タング構造でしょう。
日本刀由来の茎(なかご)の形状をしており、西洋ナイフで言うところのコンシールドタングに近い形状をしています。
「祐平作」と刀工の名が刻まれている。 |
この形状だと、日本刀で言う鎺(はばき)と鍔(つば)を付けるか、包丁のような口金でハンドルとの接合部を留める形になりそうです。
実は、このナイフ、ハンドルがありません。
友人にハンドルはどうするのか聞いたところ、「このナイフは、お守りみたいなもんやからいらんねん」という答えが返ってきました。
確かに、茎(なかご)に目釘の穴が空いていないので、日本刀のような柄(つか)は付けられません。硬度がどれぐらいか分かりませんが、玉鋼なのでおそらくかなり硬くて、後から穴を空けるのは大変そうですから、ハンドル無しも致し方ありませんが、勿体ないなー(苦笑)。
切れ味についてですが、コピー用紙を切ったところ、充分な切れ味を発揮していました。刃の表面の仕上げは荒く、刃文もしっかりと出ていないので、日本刀と比べれば研ぎがだいぶ甘い状態だと思いますが、それでもかなりの切れ味で、1095炭素鋼ナイフ並みの切れ味は充分にあります。
このナイフ、研ぎあげたらどれぐらいの切れ味があるか物凄く興味があったのですが、万が一にも失敗したら大変なことになるので、止めておきました(苦笑)。
それにしても、ナイフと呼んでいいのかすら迷うこの刃物、独特の魅力があります。全体の形状は、ナイフとしてはそれほど魅力的なデザインではありませんが、ずっしりとした重量感や、鈍く光る荒削りのブレードなど、思わず引き込まれそうになります。
これが、やっぱり玉鋼の魅力というやつなんでしょうねー。
私は、実用的では無い日本刀に興味はありませんし、欲しいと思ったこともありません。そんな私でも、東京国立博物館に展示されている刀の前に立つと、刃文の美しさに魅せられて小一時間程も見入ってしまうぐらいですから、鋼の力は底が知れませんが・・・
私「で、このナイフなんぼしたん?」
友人「10万円」
私「・・・・・マジかー」