スウェーデンのモーラナイフは、北欧を代表する刃物メーカーでもあります。
ですから、スタンダードなアウトドアナイフから、カービングナイフやキッチンナイフなど、様々な刃物をリリースしています。
そんな、モーラナイフの中でも、一際変わったナイフが今回ご紹介するナイフです。
KansbolとBushcraft Forest
Kansbol(カンスボル)とBushcraft Forest(ブッシュクラフトフォレスト)は、どちらもブレードが変わった形状をしています。
刃厚が途中までは2.5mmで、ブレードの45mm付近から急激に薄くなっていき、ポイント付近では約1mmほどの厚さになります。
ブッシュクラフトフォレスト(上) カンスボル(下) |
ブレードのエッジ角が刃先とつけ根で変えてあるナイフはいくつかありますが、刃厚を変えているナイフはかなり珍しいです。
エッジ角が途中で変わるTOPSのトラッカー。斧とナイフの融合をコンセプトにしている。 |
通常、ブレードのポイント側の方が、突き刺したりこじったりと、ハードに使われることが多いため、刃先を厚く、つけ根を薄くするなら分かるのですが、カンスボルは逆になっています。
つまり、バトニングのようなよりハードな作業はつけ根側、調理のような繊細な作業はポイント側と、2種類に使い分けられるというのが、カンスボルのコンセプトなのです。
特殊な形状のPROFILE GRIND
モーラのナイフ全般に言えることですが、グラインド形状が所謂スカンジグラインドになっており、エッジ角が鈍角なため、食材などを切るのにはあまり適していません。カンスボルもデジタルプロトラクターで計測すると、エッジ角が約22.5度ありますから、一般的なナイフと比べるとかなり鈍角です。
それがため、野菜類、特に根菜類を切ると、かなり残念な結果になります(苦笑)。これを解決しようとしたのがカンスボルで、刃厚を変えることで、ナイフとしての汎用性を高めています。
この、ブレードの厚さを変えるというコンセプトは、モーラの中ではモーラ2000が最初だと思います。
1991年に発売されたモーラ2000。写真はモーラ130周年記念モデル。 出典:UPI |
その後、ブッシュクラフトフォレスト(時期不明)とカンスボル(2016年)が発売されたため、2021年現在、グリップなどの違いで3本のナイフがリリースされています。
この3本に共通のブレード形状ですが、薄くなっている部分をモーラは「PROFILE GRIND」と名付けています。PROFILE(プロファイル)は、直訳すると「横顔」「輪郭」「略歴」などという意味ですが、PROFILE GRIND(プロファイルグラインド)とは、特殊な凹面研削加工のことを指します。ブレード面を、あえて凹面に研削加工しているからこの名が付いているのでしょう。
カンスボル |
ブッシュクラフトフォレスト |
プロファイルグラインドの特徴は、エッジ角を変えるのではなく、刃厚を変えていることです。スカンジグラインドは、エッジが鈍角ですから、食材の切断などでは不利な形状ですが、刃先を約1mmとかなり薄くすることで、鈍角なエッジの影響を受け難くしています。
実際に、ニンジンを切ってみたのが下記の写真です。
上記は、ブレード付けのスカンジグラインド部分で切っています。
こちらは、ブレード先端側のプロファイルグラインド部分で切っています。
写真をご覧いただくと、スカンジグラインド部分で切ると、切断面がいびつなのが分かると思います。それに対して、プロファイルグラインド部分では、かなり平坦に切れています。切った感触で言うと、包丁とまではいきませんが、そこそこ切り易くなっていると感じます。
基本スペック
Kansbol(カンスボル)
■刃長:約109mm
■全長:約226mm
■刃厚:約2.5mm~1.0mm
■重量:約100g(ナイフのみの重量)
■鋼材:ステンレススチール
Bushcraft Forest(ブッシュクラフトフォレスト)
■刃長:約109mm
■全長:約232mm
■刃厚:約2.5mm~1.0mm
■重量:約101g(ナイフのみの重量)
■鋼材:ステンレススチール
基本的に、カンスボルとブッシュクラフトフォレストは、同じナイフと言えます。ハンドル以外の違いは、ブレードの仕上げです。
カンスボル |
ブッシュクラフトフォレスト |
ブッシュクラフトフォレストはハーフミラーフィニッシュになっているので、ブレード面がつるっとしています。
一方、カンスボルは荒いグラインドのままですが、スパイン側の角が90度に立っていてストライカーとして利用可能になっています。
刃長は、いずれも109mmと、コンパニオンなどより5mm長く、ガーバーグと同様です。
ブレード形状をコンパニオンと比較すると、刃幅が若干広く、カンスボルが22.5mm、コンパニオン ヘビーデューティーが約20mmとなっています。
コンパニオンシリーズは、ブレードが付け根からポイントに向かって緩やかに細くなっていますが、カンスボルはブレードの先端近くまでストレートになっているので、より太く見えます。
シースについて
シースについては、カンスボルは、スタンダードとマルチマウントの2つのバージョンがあります(詳細は後述)。
ブッシュクラフトフォレストは、プラ製のシースですが、ベルトループが2種類付いています。自分のスタイルに合わせて付け替えて使うことができます。
モーラのマルチマウントシースについて
マルチマウントシースが最初に採用されたのは、ガーバーグです。カンスボルはそれに続く2本目ということになります。
モーラのマルチマウントシースは、2本のベルクロテープでショルダーベルトなどに装着できるようになっています。
このマルチマウントは、シースと分離することができ、シースのストッパーベルトをベルトループに交換することで、普通のシースとしても使用可能です。
マルチマウントシース |
カンスボルのスタンダードシースは、このベルトループのみのシースで販売されています。
切れ味
切れ味は、何れも同じステンレス鋼ですから、モーラ共通の切れ味です。
他のコンパニオンシリーズ同様Sandvik社の12C27ステンレスと思われますので、耐食性、耐摩耗性に優れています。実際に使っていても、安価なナイフに使われる420系鋼材よりも、エッジ保持や耐摩耗性について上に感じるので、良い鋼材だと思います。
ブレードの硬度について、正式なアナウンスはありませんが、米国のモーラナイフのWEBサイトを調べると、炭素鋼はロックウェル硬度でHRC58-60に調整されているとありますので、ステンレス鋼も同様だと思います。使っていても、チップしやすく感じますので、耐久性より切れ味に振った硬度に調整されています。
耐久性
カンスボル |
ブッシュクラフトフォレスト |
カンスボル |
ブッシュクラフトフォレスト |
タングは、ナロータングです。図は、カンスボルのイラストをUPIのカタログから抜粋した物ですが、ハンドル内に埋まっているタング部分は、ブレード部分の6割ぐらいの太さになっています。
まあ、このナイフで、固い広葉樹の薪をガツンガツンやることは無いと思いますので、必要条件は満たしていると言えるでしょう。
構造的には、おそらくブッシュクラフトフォレストも同様だと思います。
握りやすさ・取り回し
ハンドルの形状は、カンスボルがタル型、ブッシュクラフトフォレストが指の形状に合わせた形になっています。いずれもラバーハンドルですので、トラクションは良好で、握りやすいです。
カンスボル |
ブッシュクラフトフォレスト |
私は、形状的にはカンスボルの方がしっくりきますが、大した差はありません。
通常、ナイフは10cm前後が一番使いやすいサイズで、キャベツなどの葉物野菜のカットなどまでカバーすることを考えると、11cmぐらいが最適サイズと言えます。12cmを超えてくると、大きく・重くなってくるので、バトニングメインのナイフでない限り、10~11cmぐらいのナイフが一番使いやすいです。
そういう意味では、このナイフは刃長109mmと、ベストサイズと言えます。
使い勝手
モーラのナイフらしく、簡単なバトニングから、フェザースティック作りまで、難なくこなせます。
フェザースティックについては、何れも良好なフェザーが作れます。プロファイルグラインドが邪魔をするかと思ったのですが、ブレード角が一定ですから、根元から刃先まで有効に活用でき、他のモーラのナイフと変わらないパフォーマンスを発揮してくれます。
既に書いたように、この2本のナイフは、プロファイルグラインドがあることで、火熾しなどの場面以外でも、使いやすく仕上がっています。モーラのナイフは、切れ味は良いのですが、エッジが鈍角なので、特に根菜類を切る場面では使い難いのですが、カンスボルやブッシュクラフトフォレストは、プロファイルグラインドのおかげで、かなり使いやすくなっています。とは言え、包丁のような押切りはできませんし、あくまで他のモーラと比べればというレベルです。
最初、使い始める前は、この厚みの違うブレードが使い難いのではと思っていたのですが、意外と、フェザースティック作りから調理にまで使えて、その汎用性の高さに驚いています。
これは、エッジ角が一定なことも関係しています。物を切る時に、途中で変わるのは刃厚だけなので、ブレード全体を使って引き切る動作などには、あまり影響しないのです。これは、魚を捌いている時に特に感じました。
ポイント側は、刃厚も薄く鋭いので刺さりが良く、魚の内臓を出す時などに有効です。また、エッジ角が一定なので、3枚におろす時に、ブレード中央付近を使って魚の身を開くときにも違和感なく使えます。
尚、カンスボルは、スパインが90度に角が立っているため、ファイヤースターターのストライカーとして使えます。但し、前回のコンパニオンスパークでも書きましたが、ファイヤースターターをナイフで擦って火花を飛ばすことは、推奨できません。ファイヤースターターの火花は軽く1,000℃を超えるため、ブレードを痛めるからです。
左のカンスボルはスパインが直角になっている。 右のブッシュクラフトフォレストは、角が丸く処理されているため、写真では少し細く見える。 |
総評
カンスボルとブッシュクラフトフォレストは、何れも変わったブレード形状のナイフですが、モーラらしく良く考えて作られたナイフです。私も、正直、最初は色物と思っていたのですが、使い続けているうちに、その合理的な作りに感心しました。
但し、ポイントがかなり細いので、ほぞ穴をゴリゴリ空けるような、本格的なブッシュクラフトには向いていません。これは、肉を切る、魚を捌くなどの調理方向へ振ったためですから、むしろキャンプの場面ではこちらの方が使い勝手が良く、火熾しから調理まで使える汎用性の高いナイフと言えます。
それにしても、この2本のナイフを使っていて、オールラウンドナイフと言うのが、つくづく難しいことを再認識させててくれました。
さて、モーラ2000も含めて優秀なこれらのナイフですが、惜しむらくは、なぜ3本ともブレード形状が、鋼材も含めて全く同じなのかという点です。特に、カンスボルは、シースがマルチマウントのバージョンも発売しているので、モーラ唯一のフルタングのガーバーグと並んで、フラッグシップに位置づけられているナイフのはずです(マルチマウントシースは、ガーバーグとカンスボルにのみ設定がある)。であれば、フルタングとまでは言わないまでも、せめて刃厚は3.2mmで、鋼材もガーバーグ同様14C28Nのバージョンで出せば、もっと差別化できたのにと考えてしまいます。
モーラのラインアップには、他にも色々疑問に思うナイフがあるので、別にカンスボルだけではありませんが、もうちょっと工夫がほしい所です。
目の付け所はいいのに、何故それを活かす方向でデザインしないかなー(苦笑)。