前編では、トラッカーが誕生した経緯についてご紹介しましたので、今回は、実践でどの程度役に立つのか、トム・ブラウンの考案した真のサバイバルナイフというのは本当か、確かめてみたいと思います。
SPEC
Tom Brown J TRACKER
- 全長:298mm
- 刃長:150mm
- 刃厚:6.2mm
- 重量:587g
- 鋼材:1095高炭素鋼
- 硬度:HRC58
- ハンドル:リネンマイカルタ
- グラインド:オリジナル
- プライマリーエッジ角(チョッピング/カービング):21.8/19.4度
Tom Brown J SCOUT
- 全長:183mm
- 刃長:82mm
- 刃厚:4.1mm
- 重量:158g
- 鋼材:1095高炭素鋼
- 硬度:HRC58
- ハンドル:リネンマイカルタ
- グラインド:セイバーグラインド
- プライマリーエッジ角:11.8度
※値はいずれも筆者所有の実測値
形状と機能
トラッカーは、一見して分かる通り、かなり変わった形のナイフです。
ナイフの各部位には、①チョッピングブレード(叩き切る)、②カービングブレード(削る)、③ソーブレード(のこぎり)、④クォーターラウンダーの4機能が備わっています。
特に、特徴的なチョッピングブレードは、斧を意識して設計されており、大きく湾曲したブレードは、様々なチョッピング用途に使えるとされています。
トラッカーマニュアルによると、各ブレードを使うことで、チョップ(叩き切る)、スプリット(切り分ける)、カービング(削る・刻む)、スコア(引っ掻く)、スクレイプ(掻きとる)、ソー(のこぎり)、ノッチ(刻み目を入れる)、ドリル(穴を空ける)などができるとしています。
では、具体的な使い方をご紹介します。
ナイフの持ち方
まずは持ち方です。ブレードだけでなくハンドルもかなり特殊な形状のナイフですので、持ち方にも3通りあります。
ブレードコントロールがしやすく、細かい作業向きのポジション。
打撃力を高め、チョッピングを行うのに向いたポジション。
このナイフを様々な用途に使う場合の標準的な持ち方。
より打撃力を求めた、パワー重視のポジション。
この持ち方は不安定で、すっぽ抜ける危険性があるので、ストラップが必須になる。
マニュアルには、長時間にわたっての使用は快適でないかもしれないと書かれている(苦笑)
チョッピングブレード
チョッピングブレードを使って、斧のように木を削ったり、何かを叩き割ったりするのに使います。まあ、見たまんまの使い方です。マニュアルでは斧としていますが、どちらかと言うと鉈の感覚です。
まあ、確かに、木の節を削り落とすなどの用途には使えます。
マニュアルには、皮剥ぎ時のスクレーパーとしても使えるとありますが、写真が判りづらく持ち方が判りません(苦笑)。
カービングブレード
木を削ったり、切ったりするのに使います。小割の薪を作る時などは、カービングブレードを使ってバトニングする方が、正確に割ることができます。
ブレードがフラットで、エッジ角もチョッピングブレードよりやや鋭角なので、切れ味に優れます(あくまでチョッピングブレードに比べればと言う話)。
まあ、フェザースティックは作れなくはないです。
面白い使い方が、Draw Knife(ドローナイフ:引き削りかんな)としての使い方があります。マニュアルによると、バックソーの部分になめし皮を当てて持ち、もう片方の手でハンドルを持つことで、北欧ナイフなどにみられるカービング用のドローナイフとして使えるとのことです。弓を作る時に役に立つそうですが・・・。
ソーブレード
ブレードのスパイン側にある、所謂バックソーですが、実はこのナイフの最大の問題点でもあります。ブレード厚が約6mmもあるので、はっきり言ってのこぎりとして使うのはとてもしんどいです。一応、ソー部分は、チェーンソーのように交互に傾きが作られていますが、だからと言ってのこぎりのように使える厚さでは無いので、無駄が多くて疲れます。
逆に、太い枝にノッチを付けるような使い方には向いていますが、ブレードを使ってバトニングする方がきれいにノッチが作れます。
まあ、パラコードを棒に括り付ける時に、軽くノッチを入れて滑り止めにするのには重宝しそうですが。
他にマニュアルで紹介されているのが、スコアリングという引っ掻き傷を入れる方法です。
骨を折る時に、ソーブレードを45度角で骨に当てて切り込みを入れることで、簡単に骨を折ることができるそうです。
シカの骨などを折って槍を作る時に役立ちそうですが・・・まあ、私にはそんな場面は絶対にありません(苦笑)。
ちなみに、ソーブレードの最初のノッチだけ他より深く作られており、この部分がフェンスブレーカーになっています。フェンスのワイヤーにノッチを引っかけて、前後に急激な動きで動かすと破壊できるそうです。ワイヤーにテンションがかかっているほど、破壊しやすいとのことです。
庭のフェンスで試すと嫁に殺されるので試していませんが。
クォーターラウンダー
このナイフの最大の特徴と言っても良い部分です。チョッピングブレードとカービングブレードの間に設けられたカーブしたブレードです。少しポイント状に尖っています。
使い道は、マニュアルによると、弓の縁を丸くしたり、弓錐式火起こしの錐の穴を空けるのに使えるとあります。あとは、ガットフック(獲物の解体を行う時に硬い筋を切ったりする)にも使えるそうです。
マニュアルにはありませんが、この部分の使い方として、バトニング時にこのポイント部分を薪の中心にあててバトニングすると、多少ブレにくくなるので割りやすいです。まあ、別にこのポイントが無くても普通のナイフでも十分割れますが(苦笑)。
その他の使い方
マニュアルでは、ブレードのポイントが非常にタフだと書かれています。テストでは、車のドアを突き破ったそうです。アメリカ人はこういうの好きですね~。
頑丈な棒に括り付ければ、槍として使えるそうです。
トラッカーマニュアルより |
何か、この写真だけ見るとすごく刺さりそうに見えますが、実際のトラッカーのポイントの刺さりは最悪です。
ナイフとしては異常に鈍角でアールの効いたチョッピングブレードの先端ですので、これを槍にして熊と戦うのはあまりに無謀だと思います(笑)。
ドリルとしても使えると書かれていますが、それを言ったらマイナスドライバーの方がまだマシです。
以上、実用性はさておき、トラッカーには色んな使い方があることが分かって頂けたかと思います。
鋼材と切れ味
鋼材は、アメリカ人が大好きな1095高炭素鋼(以下1095)が使われています。
実は、TOPSのナイフの殆どで1095が使われており、1095を使うことが彼らのナイフ哲学となっています。
ナイフ側面には、Made in USAと誇らしげに刻印されている。 |
以下に、TOPSのWEBサイトに掲載されていた「1095とTOPSの哲学」について、内容を要約します。
TOPSの使命は、当社の優れた製造、仕上げプロセス、および正規のフィールドオペレータのテストを通じて、あらゆるユーザ向けに、最高品質、堅牢、ユニーク、過剰なまで高機能なツールを提供することです。
1095は、ナイフ用のシンプルで高品質なスチールです。1998年にTOPSがオープンしたとき、私たちは主に米軍向けにナイフを作りました。米軍は、耐久性に優れ、研ぎやすく、どんな使い方にも耐えられる強力なナイフを必要としていました。
そのため、さまざまなナイフスチールを調べた結果、1095に落ち着きました。1095は、適切に熱処理すると、非常に良いエッジを付けることができ、刃持ちが良く、簡単な工具でも研ぎ直すことができます。
1095は、基本的に鉄と炭素で、微量の他の元素が含まれています。大量の炭素は、刃物に適した硬度に熱処理できることを意味します。優れた化学組成を持つ多くのスチールがありますが、1095ほど優れたエッジを付けることはできません。
ブレードの熱処理は、とても重要です。1095が適切に熱処理されていないと、素晴らしいナイフにはなりません。硬すぎると脆くなり、エッジが欠けたり破損したりします。柔らかすぎると、エッジがロールしたり、曲がったりします。
1095は、基本的に鉄と炭素で、微量の他の元素が含まれています。大量の炭素は、刃物に適した硬度に熱処理できることを意味します。優れた化学組成を持つ多くのスチールがありますが、1095ほど優れたエッジを付けることはできません。
ブレードの熱処理は、とても重要です。1095が適切に熱処理されていないと、素晴らしいナイフにはなりません。硬すぎると脆くなり、エッジが欠けたり破損したりします。柔らかすぎると、エッジがロールしたり、曲がったりします。
最終的に、全ての性能で優れている鋼材は世界に1つもありません。1095は短所はいくつかありますが、プロが求めるナイフへの期待を十分に満たしています。
TOPSのナイフを試してみてください。失望することはありません。
以上、いささかTOPSの自慢話的な内容ではありますが、1095への拘りは十分に伝わってきます。
TOPSのナイフは、ロックウェル硬度でHRC57〜58に仕上げられています。これは、固すぎず柔らかすぎずの絶妙な仕上がりと言って良いと思います。硬度が60以上の炭素鋼は、切れ味に優れますが、靭性に劣るため刃欠けが多くなります。例えば、プロが使うような刺身包丁は、大変切れ味が良いですが、冷凍したマグロの柵などを切ると、一発で刃がボロボロになります。逆に、硬度が低いと研いでも切れない所謂ナマクラになります。
TOPSのナイフは、ロックウェル硬度でHRC57〜58に仕上げられています。これは、固すぎず柔らかすぎずの絶妙な仕上がりと言って良いと思います。硬度が60以上の炭素鋼は、切れ味に優れますが、靭性に劣るため刃欠けが多くなります。例えば、プロが使うような刺身包丁は、大変切れ味が良いですが、冷凍したマグロの柵などを切ると、一発で刃がボロボロになります。逆に、硬度が低いと研いでも切れない所謂ナマクラになります。
刃物で難しいのが、切れ味は硬度だけでは決まらないという点です。硬度がそれほど高くなくても、切れ味に優れ、刃持ちの良い刃物はたくさんあります。特に、鍛造と言われる、熱した鋼材を叩いて形作っている刃物は、鉄の粒子が細かくなり切れ味に優れます。また、焼き入れ・焼き戻しという熱処理を行うことで、切れ味と粘りを両立させることができます。
TOPSのナイフは、鍛造ではありませんが、1095の特性に合わせて最高の状態になるように熱処理されています。HRC57〜58というのは、モーラのHRC58~60に比べて低く、一発の切れ味よりも耐久性を重視しており、特に、トラッカーのような斧替わりにも使うことを前提としたナイフには、これぐらいの硬度が丁度良いと言えます。
実際に使ってみると、トラッカーの切れ味は、エッジ角が鈍角なこともあり決して高くはありません。カービングブレードの切れ味は多少マシに感じますが、それでも同じく1095のESEE-6などに比べると若干劣ります。
但し、エッジ角がより鋭角なスカウトは、かなりシャープな切れ味を持っているので、トラッカーもポテンシャルは十分に高いと言えます。
耐久性
ある意味、耐久性こそこのナイフの真骨頂と言えます。刃厚約6mmで587gもあるフルタングですから、すさまじい耐久性を持っています。特に、斧として設計されているチョッピングブレードは、エッジ角約22度と、最早ナイフとは言えない形状です。カービングブレードでも約19度ですから、どう考えても切れ味を無視して耐久性に全振りしています。
おかげで、切れ味は良くありませんが、薪を叩き割ったり、ガス缶に穴を空けるなどの場面では大活躍します。特に、クォーターラウンダーのエッジ部分をガス缶に叩きこむと、気持ちよく大穴を空けることができるのでおススメ(?)です。
鋼材の1095は炭素鋼ですので、とても錆びやすいナイフですが、ブレード全体がエポキシ系コーティングされています。コーティングの品質は良く、耐久性も高い方ですが、如何せんこのナイフの使用目的が、斧のように振り回してハードに使うことを目的としていますので、いくら強力なコーティングでも、じきに剥げてきます(苦笑)。
バトニング
バトニングに関しては、最強クラスの性能を発揮します。チョッピングブレードの約22度というエッジ角は、最強バトニングナイフと言えるベッカーBK2の約15度を凌ぎますし、刃厚こそ若干負けますが、それでも約6mmもあるので薪を割るパワーはハンパではありません。刃長がBK2より17mm長いので、バトニング時の取り回しの良さもトラッカーが上回ります。
こちらの記事で、最強バトニングナイフの話をした時には、トラッカーはあえて取り上げませんでしたが、もしもこれもエントリーしていたら、最強の座はトラッカーになったでしょう。
では、何故トラッカーをエントリーしなかったかと言うと、トラッカーはもはやナイフではないからです(笑)。
使い勝手
ここまでに色々書いてきましたのでお分かりかと思いますが、使い勝手の面では決して良いナイフではありません。
そもそも、コンセプトとして斧の機能を持ったナイフということですから、ナイフとしては、重くて、取り回しが悪く、切れ味が悪いです。
逆に、斧として考えると、重量の割にはヘッドが軽く、パワーに劣ります。トラッカーは、チョッピングブレードをずんぐりとしたデザインにすることで、ブレード先端に重量バランスを持ってきており、チョッピング時のパワーを絞り出す設計になっています。確かに、下手な鉈よりもパワーはありますが、同程度の重量のハチェット(手斧)と比べてしまうと、やはり劣ります。斧は、重量が斧頭に集中しているので、より効率よく遠心力を使うことができるため、薪割や枝払い時のパワーには勝ります。
さて、こう書いてしまうと、斧としてもナイフとしても中途半端な物ということになってしまいますが、まあその通りです(苦笑)。これは、アメリカ人もそう思っているようで、bladeforums.comを見ていると、以下のようなコメントが散見されます。
私はいつも森の中にトラッカーと一緒にいくつかのナイフを持ってきます。通常、1つのツールオプションではありません。(つまり、これ1本で全て賄えるわけではない:筆者注)
トラッカーで遊ぶのは楽しいですが、一日中持ち歩くには重いナイフです。実際には多くのブッシュクラフトの作業で使えますが、結局、私はバークリバーブラボーに戻ってしまいました。トラッカーは重すぎます。
ステーキよりもシズルだと思う。(I think it's more sizzle than steak.)
トラッカーの価格で、手斧、ハンドソー、モーラを手に入れることができると言う考えに1票。
まあ、面白いナイフなのですが、どう考えてもこれに3万円ほど出すぐらいなら、ハスクバーナの手斧、ゴムボーイなどのハンドソー、モーラの組み合わせの方が、安上がりで使い勝手が良いです(苦笑)。
トム ブラウン スカウト
スカウトは、全長183mm、刃長82mmと小型のナイフですが、刃厚は約4mmと、この手のナイフにしてはかなりの厚みがあります。
バークリバーのブラボーEDCと比べても 刃厚は、約0.5mm厚く、エッジ角約12度のセイバーグラインドと相まって、耐久性に振ったスペックに仕上がっています。
この小型のナイフに必要かは疑問ですが、ジンピングが2か所に設けられており、2種類の持ち方ができます。
トラッカー同様の1095ですので、錆び対策としてエポキシ系コーティングが施されています。このナイフ、トラッカーのサブですので、より切れ味に振っても良かったはずですが、そこはTOPS、やっぱり切れ味より耐久性に振っているため、リンゴの皮むきなどをすると残念な気分になります。はっきり言って、切れ味は10分の1の価格のモーラのロバストに劣ります(笑)。
それもそのはず、このナイフも槍として使われることが想定されており、棒に括り付けるための穴まで空いています。
リカッソに2か所穴が空けられている。 |
シースについて
トラッカーとスカウトは、どちらもカイデックスシースが付いています。
精度が非常に高く、抜くときはスムースですが、シースを持ってナイフを下向きにして振っても抜けることはありません。流石はシースの出来にも定評のあるTOPSです。
シースには、金属製のベルトループが付いており、トラッカーは、背中側の腰部分に横向きに取り付けられるようになっています。
背面に付けるには慣れが必要ですが、厚手の本革ベルトであれば、がっちり留めることができます。
ただ1つ、残念なことは、トラッカーのシースにスカウトのシースを合体できないことです。トラッカーのマニュアルには、スカウトが紹介されており、カンガルースタイルでセットできるというような触れ込みが書いてあったので喜んでスカウトを買ったのですが、そんな仕掛けは全くありませんでした(T_T)。
G・サカイのプラスチックシースは、2本のナイフシースを結合できる構造になっているので、トラッカーとスカウトにも同じように結合できる部品が付いていると思っていたのですが、期待外れでした。
色々と試行錯誤した結果、スカウト側のベルトループを取り外して、パラコードで2つのシースを巻き付けています。
総評
トラッカーは、ファクトリーナイフとしては非常に丁寧に仕上げられており、箱出しでも十分な切れ味があります(あくまでトラッカーとしては)。
マイカルタ製のハンドルも、ざらっとしていて滑りにくいだけでなく、指のグリップに合わせて側面もくぼみが付けられているなど、丁寧な作りがなされています。
ブレードにはシリアルナンバーが刻印されており、形状も非常にインパクトのある作りですので、観賞用として購入するのも悪くないかもしれません。
一方、実用一辺倒の私にとっては、アメリカ人が言うまでもなく、重すぎて使いづらいナイフです。斧+ナイフというコンセプトは、確かに頑張っているとは思いますが、元々が相反する物ですので、やっぱり限界があると言わざるを得ません。
ただ、この独特の形状は、色々と考えながら使いこなす楽しみがあります。ブッシュクラフト的に考えれば、弓錐式火起こし器を作るのには便利なのかもしれません。
一般的に道具は、使い込むほどにシンプルかつ単機能になっていきます。包丁には包丁の、鉈には鉈の使い勝手に特化した進化があるわけで、ある意味スポーツと通じる部分があると言えます。トラッカーは、むしろ逆で、ある程度の不便さをいかに自分の知恵で克服していくかと言う、クリエイティブ性があります。
真のサバイバルを考えれば、他に良いナイフがあると思いますが、レクリエーションとしてのブッシュクラフトを楽しむのであれば、これ1本でどこまでいけるか挑戦するのも悪くありません。
まあ、あくまでナイフではない何かを使って遊ぼうという気が無いと使い続けることは難しいですが(苦笑)。
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